Generative Weaving

ジェネレーティブ・ウィービングとは

経営陣・エグゼクティブチームはデザインによるのではなく、ジェネレーティブ・ウィービングによって変わります

経営陣チーム(エグゼクティブチーム)がこういう状態になったら正解という姿はありません。
理想のチームの状態をあらかじめ描いて、それを実現しようと働きかけても、メンバーは、設計された機械の部品のように主体性を奪われ、やらされ感に陥ります。
メンバーの個人の経験や想いは生かされず、あらかじめ描いた役割を演じさせられる立場を押し付けられていると感じます。したがって、メンバーは強く抵抗します。
チームがどうなるのかは、あらかじめデザインされるべきではありません。参加メンバーの経験や知識や想いが重なり合い、そこから目的やビジョンが共有され、新しい行動が一歩一歩織り成され、そして理念や思想が共有されていくのです。
このように、これまでの経緯を踏まえて、いまいまの皆の想いからアジェンダを生み出し、皆で話し合ってプロセスを織り成していく、それをジェネレーティブ・ウィービングと私たちは呼んでいます。

アジェンダをあらかじめ決める必要はありません

経営層は、一般のマネジメント層に比べて、本質的には、主体性や問題意識が高く、柔軟性も高い傾向があります。そのために、事前に明確なアジェンダや、固定的な話し合いの手法を用意する必要はありません。
明確なアジェンダや手法は、それ自体が枠組みをもっているので、話し合いの参加者はその枠組み内での振る舞いを要求されます。
話し合いの目的が、お互いの経験を共有することで今まで気がつかなかった領域にまで理解を広げ、従来の枠組みを壊し、未来に向けて次元を超えた新しい何かを生み出すことであるならば、アジェンダも固定的な話し合いの手法もないほうがよいのです。

共創的な話し合いのための場づくり

恐れなく、自我を解き放って、語れる場が必要です。
新しいものを生み出すときには、それが必ずうまくいくという証拠はないのが当然です。
しかし、経営会議に新しいアイデアが提示された場合は、うまくいく証拠がなければ却下される暗黙の掟ができてしまっている場合が多いでしょう。
いつの日からか、企業の中では演繹的思考法や帰納的思考法しか通用しなくなってきました。推論(アブダクション)から仮説を立て、まずは小さく行動してみて、そこから検証していく探究の文化が消えてしまったのです。そして、必ず推論や合意した内容にも誤謬があるのだという可謬性も認めなくなりました。
そういうメンタルモデルを、まず経営層自らが自分たちで外していく作業をしなければなりません。
それには、会社の会議室を離れて、豊かな自然に抱かれた環境の中で、1人の人間としての自分を開示できる場が必要です。

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